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新潟地方裁判所 昭和28年(ワ)403号 判決

原告

長岡虎雄

被告

塩崎五三郎

主文

被告は原告に対し金五万五千三百八十三円及びこれに対する昭和二十八年十一月二十九日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原告及び被告が原告主張の日時及び場所でその主張のような酒食の饗応を受けた席上、その主張の時間頃原告、被告間に口論となり、被告が同会席床の間にあつた水盤を原告目掛けて投げつけ、それが原告に当つて砕け、そのため原告が傷害を受けたこと(但し傷害の部位程度の点を除く)及び被告が農業を営み、田一町四反五畝歩、畑約一反歩を耕作し(内約二反歩は小作地)、家屋、宅地及び畜牛を所有し、家族四人で現に村会議員であることは当事者間に争いのないところであるが、成立に争のない甲第一号証、甲第四号証、証人本間五郎の証言及び原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告の受けた右傷害の部位、程度が原告主張(注・顔面に甚しい傷痕をとどめた)の通りであること、原告は右傷害を受けるや直ちに医師本間五郎の治療を受け、引続き同人方で昭和二十八年八月十日迄入院の儘治療を受け、その後同年九月八日迄毎日通院して治療を続け、更にその後も昭和二十九年一月二日迄の間度々通院して治療を受けたこと、現在右傷害の傷痕を止めていること及び原告は昭和二十八年七月二十八日以降同年九月八日迄の右治療のためその費用として本間医師に対し金八千三百八十三円を支払つていることが認められ、更に右証人の証言、本人訊問の結果及び同本人訊問の結果によりその成立を認めうる甲第三号証を綜合すれば、原告は農業を営み、原告夫婦とその長男、長女の四人で田一町三反歩、畑五畝歩を耕作していたが、本件傷害のため、原告はそれ以来昭和二十八年十一月十九日迄の間満足に家業の農耕に従事しえず、これを補うため、右期間中延べ三十人の雇人を使用し、これに一人当り金四百円(日当二食付金三百円、二食の代金百円相当)合計金一万二千円の出費をしたことが認められる。而して、成立に争いのない乙第一号証及び原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は右治療費金八千三百八十三円のうち半額を国民健康保険金として給付を受けていることが認められるけれども、このような給付は本件傷害により受けた利得とはいえないから、右治療費の支出による損害額の算定に当つては、これを考慮すべきでなく、右支出額全額を損害と見るべきであり、また、原告が本件傷害を受けた昭和二十八年七月二十八日以降同年十一月十九日迄の間は所謂農繁期に当り最も人手を要する時期であるから、原告方において原告の労働力を補うために延べ三十人を雇入れたことは強ち不相当ともいえず、その支出額一人当り金四百円という金額も不当に高額の支出であるとはいえないから、前記金一万二千円の出費は通常の損害というべきであり、更に、前記認定の原告の職業、資産状態、本件傷害の程度、部位等及び当事者間に争いのない前記被告の職業、地位、資産状態等を考慮すれば、原告が本件傷害により蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は金五万円が相当であること考えられる。なお、原告は本件傷害のため、昭和二十八年十一月十九日以降三年間一ケ年約三十人に相当する稼働力を失つており、この損害は金三万六千円(一人当り金四百円として九十人分)となり、また家業経営の蹉跌のため、昭和二十八年度の稲作は減収となり、その損害額は金五万四千六百円(反当り四斗俵一俵、金四千二百円相当で、四斗俵十三俵分)であると主張するけれども、原告主張のような稼働力の喪失及び減収の事実は原告の全立証を以てしてもこれを認めるに足らない。

従つて、被告は原告に対し、本件加害行為(被告の故意による不法行為)による損害として右認容すべき損害額の合計金七万三百八十三円の賠償義務があるというべきであるが、証人鈴木忠治郎、同桑原惣八、同池田敏雄の各証言及び被告本人訊問の結果を綜合すれば、被告の本件不法行為が行われる直前原告は偶々被告の席の前に来て、互に酒杯を交わしている間、被告に対し、「お前は字も読めない。」「お前は村会議員の資格がない。」「お前の女房は村一番の大馬鹿者だ。」等種々被告を侮辱し、無用に被告の感情を刺激する言辞を弄し、被告をして憤慨せしめたことが認められ、(尤も、被告が原告より右のような侮辱の言葉を浴びせられたのに対し、被告は笑つて応待したとの被告本人の供述は被告が当時何等憤慨の気持を起さなかつたもののようにもとれるが、しかしそうであればその後に、被告が原告に酒をつごうとしたところ、原告が被告の持つていた徳利を奪い取つたのでこれを投げつけられると考えたとの供述(これが真実であるかどうかは別として)は、多少とも合理性のある人間の行動として理解しえぬことゝなるから、寧ろ、右の笑つて応答したとの供述は「内心の気持は別として、唯々表面上は平静を装つていた」との趣旨に解さざるをえない。また、右認定に反する原告本人の供述は容易にこれを措信し難く、他にこの認定を左右しうるに足る証拠もない。)原告の右認定のような言動は被告の本件不法行為につき責任がないとはいえないから、原告のこの過失を本件損害賠償額の算定に斟酌し、結局前記賠償額金七万三百八十三円より金一万五千円を控除するのが相当と認められる。

従つて、原告の本訴請求中金五万五千三百八十三円(右金七万三百八十三円より金一万五千円を控除したもの)及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることの記録上明白である昭和二十八年十一月二十九日以降完済に至る迄法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り、これを容認し、その余は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し、仮執行の宣言については、特にその必要を認めないから、これを付さないことゝして、主文のとおり判決する。

(裁判官 真船孝允)

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